「アメリカン・スナイパー」

観てきました。

 

朝早かったのと、ちょっと古い映画館だったのもあってか、

おじさんおばさんが多かったです。

 

たしかに高年齢な方々が

観たいと思える映画かもしれないですね。

ダーティ・ハリーのころから親しんだイーストウッド監督作品なわけですし。

 

ただもちろん、僕くらいの年齢の人が観ても

心に爪痕が残る作品になっています。

 

観終わった後、

あんまりだよなあ。と思ってしまいました。

 

あらすじとしましては、

自称カウボーイとして遊び呆けてた主人公、クリス・カイルが、

9.11を機に軍人になることを志し、もともと得意であった射撃の腕を買われ、

SEALsに入隊、結婚後も繰り返しアフガンに派遣され、戦争に身を染めていくうちに…

 

という感じです。

 

この映画、アメリカ讃美だなんだとリベラル側から散々な批判を受けているようですが、

 

当のイーストウッド監督はこう述べているそうです。

 

「映画にできる戦争反対表現の最たるものは、クリス・カイルのように市民生活に戻らなければならない人々やその家族に、戦争が与える影響を見せることだ。」

 

この言葉に尽きると思います。

主人公のクリスには家族がいます。妻と、娘と息子。

結婚していない軍人にも、両親はいます。

戦闘によって体の一部を失ったり、もしくは亡くなる人も出てきます。

捕まって拷問される人もいます。

 

アフガン側にも、テロと無関係にもかかわらず戦争に巻き込まれる人がたくさんいます。この映画でもそういうシーンが出てくるんですが、すべてのシーンの中で一番残虐に描かれています。かなりキツいです。

戦争は、無関係に思える人たちも、否応なしに巻き込んで行ってしまうのです。 

 

クリスは戦場で果敢に戦い、五体満足のままでいますが、彼とて例外ではありません。

 

彼は、無関係な市民、子供の虐殺、仲間の死など、戦争の無惨な現実に何度も直面しますが、

それに屈してはいけない、と強く思います。

 

なぜなら彼は米軍の皆にとって、「伝説」だったからです。

たくさんのテロリスト(女や子供も)を射殺したことで、たくさんの同胞の命を

護ったことを感謝されている身として、自分がテロリストを倒さなければ誰がやるのだ、

という自負が芽生えてしまったのです。

 

自分が死んでいった同胞たちの仇を打たなければならないと、いう思いに、支配されてしまったのです。

 

その時点で、彼はすこし人間性を失ってしまっているのです。

家族を蔑ろにし、来る日も来る日もテロリストを殺すことだけを考える

ようになるのですが、そうしている自分が正しいと信じ、

反対されると逆上するほどになります。

 

死ぬとか、体が壊れるとかではなく、戦場で勇敢に戦い、生き残っている人ですら、

戦争によってそのように変わってしまうのです。

 

終わった後に残るものは、何でしょうか。

体や心に傷を負った兵と、新たな火種でしょうか。

 

それらが市民に与える影響は、

とても耐えられるものではないのでは・・・

 

・・・みたいな感じで、いろいろ考えてしまいました。

 

ちょうど現在、ISISの問題で、米国は空爆だけでなく

地上部隊も派遣していく方向に動いています。

 

おそらくまた、このような事態も起こってくるでしょう。

 

だから戦争反対!

というほど話は簡単ではなく。

八方塞がりですね。この問題は。

 

いやはや、ベイマックスに続き、

今年も良い映画に出会えて満足です。

今度「硫黄島からの手紙」も見ようかと思います。

 

さて、明日仕事なのになんだこの時間は。

 

寝ます。

 

おやすみなさい。