アニメマンからゲームマンへ

2年ぶりくらいにまとまった文章を書きたくなったので書きました。

 

たぶんfacebookとかに投稿する系の案件なんですが、生憎氷漬けの状態かつそこまで広く報告する意味もないというか、どちらかというとTwitter界隈に報告したいのでこちらで。

 

2年ほど溜まった便秘ウンコをまとめて放り出したみたいな文章なのでクッソ長いです。流し読みをお勧めします。

 

あとウンコなので後日見直して「くっせえなこれ」ってなった場合、水でジャーしちゃうのでよろしくお願いします。

 

タイトルは曖昧なニュアンスになっておりますが、

要するに4月で3年ちょっと勤めたアニメ制作会社を辞め、5月からゲーム制作会社で働くことになりました。

 

アニメ制作会社では制作進行としてやっておりましたが、新しいゲーム制作会社では未経験ではあるもののアシスタント・プロデューサーとして立ち回ることになりました。

 

扱うゲームのプラットフォームはスマホです。

 

独り言にはなりますが、モノを作れないくせにコンテンツ業界の端っこにいる人間として、最近のアニゲ界隈について思うことと、なんでアニメ会社を辞めてゲーム会社に入ったかを書いていきたいと思います。

 

▼最近のアニメ

2014年に社会人になってからというもの、リアルタイムでTVアニメをほとんど観なくなりました。

おそらく観たのは「SHIROBAKO」と「ピンポン」くらいではないでしょうか。このふたつも2014年のものなので、それっきり2年半くらいは観ていないことになります。

 

最近は「けものフレンズ」や「君の名は。」で局地的にアニメが評価されることはありますが、アニメ全体で言うと、正直憧れが強かった高校・大学時代からくらべると観たい作品が少なくなりました。

 

話はズレますがニコニコ動画の勢いも落ちてきましたね。僕も去年の夏あたりに「あれ、よく考えたらプレミアムにするメリットねえじゃん」と気づき解除しています。特に常に高画質で観たい動画もないですし、運営主導のコンテンツは観ないし、最近はほんの一部のゲーム実況と「信長の忍」しか観てないです。

 

なんだか大学の時に好んで観ていたコンテンツが軒並み僕から離れてしまいました。

 

▼アニメ業界ってどうなってるの

animationbusiness.info

 

客観的なデータとしては市場規模は拡大しているようなのですがマルチな展開で売り上げを上げているという状態のようで、

一方現場はというと、今年頭に複数の深夜アニメが相次いで万策尽きたり(※SHIROBAKO用語。納品が間に合わず放送ができなくなること)、

君の名は。に続けと複数大型企画が動いているせいで人手が足りてないと鈴木敏夫御大がボヤいていたりと、

盛り上げていきたい思惑とは裏腹に当の現場が全く潤わない現状に対する愚痴が後を絶たず、庵野監督をして「このままほっとくと業界が死にますねー」と言わしめるまでの惨状なっております。

 

まあ旧態依然とした制作体制(というか電〇博〇堂)に対する呪詛は掘ってみればモリモリ出てくるのですが、結局誰かを悪者にしたところでその悪者が反省して「すいませんでした、皆で儲けるようにしましょうねー」なんてやるはずがないわけで、むしろ彼らも彼らで高給をもらっているなりにゴリゴリに働いているわけですし、ある意味自然と出来上がった構造なので誰も「うん、俺が悪いな」なんて思うわけがない。

 

業界全体が崖にむかって突進している牛の大群みたいなもので、先頭に立っている庵野牛や鈴木牛が「あっ、あそこに崖あるじゃんヤバイヤバイ」って言っても、後ろにいる大量の牛はそんなもの聞こえませんので、とにかく進んでしまい庵野牛や鈴木牛もろとも崖から落ちる未来しか無い気がしてならんのです。

 

まあ庵野さんはせめて自分の周りだけでもちゃんとしようということでカラーを作りましたし、

 

diamond.jp

 

鈴木さんはどちらかというと群れの外から眺めてるキリンみたいなポジションなので、いち早く察知している人だけちゃんとしているみたいで、それ以外のところは、それこそ電通の自殺みたいなことがおこる(崖から落ちる)まで突き進んで、落ちてから考えることになりそうです。

 

▼働いていた会社の事情

ここまでアニメの惨状を書くと、さぞ大変な現場を生き抜かれて来たんですね・・・と思われそうですが、実は私はそうではなく、割と安定したコンテンツを持つ会社ゆえ、土日は休めましたし、平日も終電はあれど徹夜はなく、割と7時くらいに帰れる日も多い会社でした。

お賃金はまあアニメなので安かったですが、それでもここ以上に働かされる会社よりは高いという謎。

 

子供向けや海外案件が多かったのが大きな理由の一つですが、その分視聴者からのレスポンスが薄い(下手すると無い)のが寂しいところでした。

 

こういった案件は「誰もが驚く映像革命!!!」というより「毎週出せるスケジュールと安定のクオリティ」が求められます。

 

決まったスケジュールで安定したクオリティを出すために、一部のCGスーパーマンが「誰がやってもある程度のクオリティが出て、平準化もできる」ようなワークフローを確立し、それに従って作るというある種ファクトリー的なところだったので、その点は非常に効率的で良いのですが、入社して2年半くらい経ってから別の問題が出て来ました。

 

まず「作品における権限がそこまで大きくないが、ちゃんとキャリアのあるベテラン」と「色々チャレンジさせてほしい実力のある若手」が辞めていきます。

スケジュールの遵守・ブラック労働の抑制・クオリティの平準化によって割を食うのがこの2種類のクリエイターです。

 

まずスケジュールを遵守しようとする中で大量のリテイクが出た場合、優先順位をつけると必然的に監督のものが必須になります。そうなると「キャリアあるベテラン」にあたる話数監督のディレクターやセクションごとのスーパーバイザーがやりたいリテイクができない、自分が思うように演出できない、下手するとただ監督の言っていることを換言して現場につたえるだけという、下手したら制作進行でもできるやんけみたいな立場になってしまい、モチベーションが著しく下がります。

 

逆にリテイクが少ないプロジェクトだと好き放題できるので、そういうプロジェクトから入った人は楽しくやっています。

 

次にクオリティの平準化をする場合、下手だったりミスの多いデザイナーのエラーを減らすためにガチガチにワークフローを組むため、若手がツール開発等の重要なタスクに自由に参加する機会が少ないです。また若手は仕事を頼みやすいという理由で、著しくクオリティの低い他人のカットの回収をさせられたり、直らないエラーを担当者の代わりに直すといった雑務が多くなり、「俺こんなことするために働いてるんだっけ」みたいな気持ちになる人も少なくないです。本来なら「難しいカットをじっくりやってもらう」のが理想なのですが、「すごいカットを作ってもらう」より「それなりのカットを量産するための協力をしてもらう」ことを重視し、なおかつ下手な人を「OK出るまで残れ馬鹿野郎」とブラック労働で拘束できない都合上、手が早く腕の立つ若手が、カバーするタスクを受けざるを得ない状況になっています。

 

要するに「できる人が割を食い、できない人が手厚いフォローを受ける」体制に自然となっていきます。

 

次にできる人が辞めるとどうなるかというと、トップのスーパーマンと、数少ないベテランと、経験の浅い社員と、急いで集めた契約の方々という不安定なチームになり、全体のクオリティが上がりにくくなります。

 

制作進行も同様で、信頼できるデザイナーがいなくなり、ほかのデザイナーの一方的なわがままと上がらないクオリティと詰まるスケジュールという3つの問題を一人で抱え込み「よく考えたらこれ俺のせいじゃなくない?しーらない」と開き直って退職、なんていう人もいました。

 

私が担当したセクションは幸い離職率が低く、契約で一時的に入った人を除けば僕が一番早く抜けた人間なので、これには当てはまりませんでしたが、どこかでこういう目に合うのではないかという危機感はありました。

 

そんな体制の中で、昨年は一応、願ってもない大好きなコンテンツにかかわらせてもらったのですが、やはりこういう体制なのであまり納得できるクオリティのものが上がらず、ネット検索するのも恐ろしいような評価になり、これがトドメで転職を決意しました。

 

ブラック労働も続くと離職につながりますが、かといってそれを避けるべく統制を図りすぎた結果、情熱が行き場を失っても離職・・・という、なかなかバランスを取れないのが、コンテンツ制作現場の難しいところだなと感じました。

 

結局のところ作品に対して持ちたい情熱の温度差の違いだと思うのですが、冷めているほうが残りやすいというのもそれはそれで困ったものと言いますか・・・。

 

 

▼最近のゲーム

さて、アニメやニコニコで観るものがなく、空いた時間に何をしていたかというとゲームなわけです。

 

社会人1~2年目は家もあまり居心地がよくなかったのでゲーセン通いでしたが、Lov3がだんだんキナくさいコンテンツになり、ついていけなくなってからはおうちでPS3に移行。ダークソウル1,2をやった後、発売日にPS4とセットでダークソウル3を購入。そのままブラボ、オーバーウォッチ、BF1、ペルソナ5FF15・・・と次々にプレイ。ダクソ3やOWは今でも遊んでます。

 

スマホのほうは、カードゲームばかりですが遊戯王デュエルリンクスもシャドバも面白いですし(今はクソ環境なので置いてますが)、つい先日ハースストーンも始めました。

 

最近のゲームはVRもそうですが、「体験」が重視されているものが多く、かつてアニメで受けてきた感動をゲームの方が味わえてる気さえしているほどです。

 

jp.automaton.am

 

この記事で押井守もおんなじようなこと(ここでは映画と対比してますが)を言っています。

 

ゲームを進めていく中で得られる体験が、アニメを観ることよりも新鮮で、刺激的で、没入感もある。そう感じる作品が増えてきました。

 

▼なんでゲームに行くの?

いくつか理由はありまして、まあまだゲーム業界に実際に身を置いたこともなく、想像の部分も多少あるのですが。

 

・やはり自分が興味あるコンテンツでいろいろやりたい

おそらく今の会社だとそんなに興味あるコンテンツにこれ以上関われなさそうだったので。だったら今興味のあるゲーム業界に飛び込もう、という、非常にシンプルなアレです。

 

・ユーザーからのフィードバックが多い

アニメでもそういう作品はあると思いますが、先述した通り関わった案件が案件だったので、クライアントに納品したらおーしまい、というのが、モノ作りに一応情熱持ちたいマンとしては物足りなかったので。とはいえゲームもゲームでフィードバックが多すぎて大変なことになっている作品も散見されるので、一長一短だと思いますが、とりあえず逆の環境に身を置きたかったです。

 

・お金

急にシビアな1ワードになってしまってアレなんですが、割と大きいですね。好きなことならお金そこまでいらんやろ!というのは私としては一定の真理だとおもっているのですが、アニメもそこまで好きでもなくなったので。

世間一般に言われる平均収入はアニメよりゲームのほうが高いのですが、採用時の希望年収は未経験なので控えめに伝えたところ、「その歳でそれじゃつらいじゃろ」とでも思ったのか、大きく上回る額を提示され電話越しに「ンマァジっすか」と言ってしまった次第。

 アニメ業界に長く身を置きすぎて自己評価が著しく低くなっていたとでもいうのか・・・

 

・結局プロデューサー方面に進むのであれば・・・!

実は転職活動を始めたときはプランナー志望だったのですが、どうにもうまく事が運ばず。志望理由としては、やっぱりコンテンツの中身に携わりたいというある種の未練からだったのですが、今までのキャリアから考えてもマネジメント向きの人間(散らかったもの・データを整理する、ぐちゃぐちゃにからまったコードみたいな問題をほぐす、何でかしらないけど勝手に仲が悪くなっている人の間を取り持つ・・・とかを勝手にやるタイプ)で、結局APに落ち着いたのも、自分にはこっちのほうが向いていて役に立てるのではと思ったからでした。で、APということは将来的にプロデューサーになるわけなんですが、それでもやっぱり将来的には自分のアイデアが何か形になってくれればという思いはあるわけで、つまり企画ですね、そういうことができる「実現可能性」が「今のところ一番高い」、そして「未経験でも潜り込めて」「自分が好き」なのは、コンテンツ業界の中だと「スマホゲー」かな、というのが僕の結論でした。

 

 

▼最後に

正直このままずっとゲームマンなのかもわからないんですが、とりあえず進みたいベクトルになるべく近い道のりを歩むため、今までの会社で進んできたベクトルから一度ハンドルを切ることにしました。

 

初めての転職にしてはかなりうまく立ち回れて、良い結果が出たと思ってます。

 

この後またどうなるかは、そもそもまだ働いてないのでわからないのですが、

おそらく今年やっと実家を出るので完全に独り身になった上で改めて身の振りを考えようと思います。

 

向いてることとやりたいことにうまく折り合いをつけて

仕事ができると良いかなと思います。

 

別に定期的にものを書きたいわけじゃないので、

またウンコがたまったらはてな便所に出しに来ます。

 

それでは皆さんも頑張ってやっていきましょう。

「アメリカン・スナイパー」

観てきました。

 

朝早かったのと、ちょっと古い映画館だったのもあってか、

おじさんおばさんが多かったです。

 

たしかに高年齢な方々が

観たいと思える映画かもしれないですね。

ダーティ・ハリーのころから親しんだイーストウッド監督作品なわけですし。

 

ただもちろん、僕くらいの年齢の人が観ても

心に爪痕が残る作品になっています。

 

観終わった後、

あんまりだよなあ。と思ってしまいました。

 

あらすじとしましては、

自称カウボーイとして遊び呆けてた主人公、クリス・カイルが、

9.11を機に軍人になることを志し、もともと得意であった射撃の腕を買われ、

SEALsに入隊、結婚後も繰り返しアフガンに派遣され、戦争に身を染めていくうちに…

 

という感じです。

 

この映画、アメリカ讃美だなんだとリベラル側から散々な批判を受けているようですが、

 

当のイーストウッド監督はこう述べているそうです。

 

「映画にできる戦争反対表現の最たるものは、クリス・カイルのように市民生活に戻らなければならない人々やその家族に、戦争が与える影響を見せることだ。」

 

この言葉に尽きると思います。

主人公のクリスには家族がいます。妻と、娘と息子。

結婚していない軍人にも、両親はいます。

戦闘によって体の一部を失ったり、もしくは亡くなる人も出てきます。

捕まって拷問される人もいます。

 

アフガン側にも、テロと無関係にもかかわらず戦争に巻き込まれる人がたくさんいます。この映画でもそういうシーンが出てくるんですが、すべてのシーンの中で一番残虐に描かれています。かなりキツいです。

戦争は、無関係に思える人たちも、否応なしに巻き込んで行ってしまうのです。 

 

クリスは戦場で果敢に戦い、五体満足のままでいますが、彼とて例外ではありません。

 

彼は、無関係な市民、子供の虐殺、仲間の死など、戦争の無惨な現実に何度も直面しますが、

それに屈してはいけない、と強く思います。

 

なぜなら彼は米軍の皆にとって、「伝説」だったからです。

たくさんのテロリスト(女や子供も)を射殺したことで、たくさんの同胞の命を

護ったことを感謝されている身として、自分がテロリストを倒さなければ誰がやるのだ、

という自負が芽生えてしまったのです。

 

自分が死んでいった同胞たちの仇を打たなければならないと、いう思いに、支配されてしまったのです。

 

その時点で、彼はすこし人間性を失ってしまっているのです。

家族を蔑ろにし、来る日も来る日もテロリストを殺すことだけを考える

ようになるのですが、そうしている自分が正しいと信じ、

反対されると逆上するほどになります。

 

死ぬとか、体が壊れるとかではなく、戦場で勇敢に戦い、生き残っている人ですら、

戦争によってそのように変わってしまうのです。

 

終わった後に残るものは、何でしょうか。

体や心に傷を負った兵と、新たな火種でしょうか。

 

それらが市民に与える影響は、

とても耐えられるものではないのでは・・・

 

・・・みたいな感じで、いろいろ考えてしまいました。

 

ちょうど現在、ISISの問題で、米国は空爆だけでなく

地上部隊も派遣していく方向に動いています。

 

おそらくまた、このような事態も起こってくるでしょう。

 

だから戦争反対!

というほど話は簡単ではなく。

八方塞がりですね。この問題は。

 

いやはや、ベイマックスに続き、

今年も良い映画に出会えて満足です。

今度「硫黄島からの手紙」も見ようかと思います。

 

さて、明日仕事なのになんだこの時間は。

 

寝ます。

 

おやすみなさい。

普通の働き方をしてない/できない界隈の人たち

タイトル見て何だそれって思うかもしれませんが、

 

おもにネット上で今の社会や企業のあり方に対して

疑問を投げかけている人たちのことです。

 

たとえば

まだ東京で消耗してるの?のあおり文句でおなじみ、

イケダハヤトさんとか。

 

あとなんかいつもツルんでる、

NHKアナウンサーの堀さんと

何やってるのかいまいち掴みかねる高木さんっていう金髪の人と

都知事選にインターネッ党から出馬してそんなに話題にならなかった家入さんとか。

 

絶望の国でもとっても幸せに生きている古市さんとか。

あとは岡田斗司夫さん、猪子寿之さんとか。

 

 

どうにも普通の会社に入って、普通の働き方をするのが、

最初から無理だった、あるいは少しやってみて嫌だった、

もしくはずいぶん長くやってきたけど限界だった、

 

みたいな人たち。

 

僕も就活してるとき、

大企業に入って普通に働く意味をこれっぽっちも見いだせなかったタイプで、

なんだこれ、社会が正しくて僕が間違ってんのか、

 

と思ったりしたんですが、(僕が間違っていた部分もあったと後々思ったりしますが)

 

やはり社会も歪なところは確実にあって、

それを疑問に思っている人たちが声を挙げているというわけです。

 

たとえば「社会常識ってそんなにいる???」みたいな話。

猪子さんとかはもう皆無ですよね。たぶん。

 

僕はそこは人それぞれだと思います。

全員が全員、社会人として恥ずかしくない常識水準とか、論理的思考力を

持たないといけないとは思いません。

 

そりゃあみんな持っていれば苦労はしませんが、どうしてもアレな人って

いるんですよ。こう、発達障害とまではいかずとも、

それに近い、社会に出たとたん全然ダメになっちゃう人って。

 

大学でヘラヘラしてる時はそれがわからないから怖いですね。

 

で、今ってそういう人が会社にいることを許さないというか、

まあ大人は皆さん「そんな余裕は会社に無い」とかおっしゃるんですが、

そういうところがあって。

 

それってただ社会人的な振る舞いが苦手な人を追い詰めるだけであって、

「この人はこれ以上のことは求められないな」

って思ったら、別のところを伸ばす方向にシフトしないと

結局その人がいなくなるっていう結末しかなくなると思うんです。

今の若者って根性ないですし。これも大人の台詞ですが。

 

結局、教育のせいなのか文化のせいなのか知りませんが、

やはり昔とは違う環境で育って、何かしらの欠点をもって社会に入って来る人っていうのは確実にいます。

 

ただ社会はその人たちに「社会に追いつくこと」以外の選択肢を与えないわけで。

それじゃあぶれる人は当然出てくるでしょっていう。

 

で、冒頭で挙げた人たちの中には、そういうあぶれた人にとりあえず居場所だけは与えて、彼らが誰からも必要とされない存在にだけはならないように頑張ったり、

新しい働き方を提案したりしているわけです。

 

僕も同じ問題意識は持っていますが、まだ会社の中で学べることはたくさんありそうなので、今はひとまず普通に会社で働いています。

とはいえクリエイティブ系なので、普通とは違うところもままありますが。

 

そのうち、会社で学べることはだいたい学んで、

社会、会社のシステムに対してどうにも納得できなくなった時が

来るかもしれません。

 

いや、僕の場合、たぶん来ます。

 

その時どうするのか。

今から考えておく必要がありそうです。

 

 

・・・・今回まとまりが悪いですね。すいません。

最近映画観てないな。

映画ってたぶん、観る前と観終わった後で、見える景色がちょっと変わるのが良いんだと思うんです。

 

僕はそういう映画が好きです。

 

ただ感想はまとめるのが下手なので、映画好きをなかなか公言できない自分もいたりしますが、まあ好きです。

 

好きな映画・・・なんでしょう。

 

アメコミヒーローとかSF超大作みたいなのはだいたい好きです。

それ以外だと

 

(500)日のサマーとか

ZODIACとか

ブラザーズブルームとか

パンズラビリンスとか

タクシードライバーとか

 

・・・洋画ばっかりですね。

 

邦画だと・・・

 

その夜の侍とか

桐島、部活以下略とかが面白かったです。

 

アメコミとかSFは観たあと見える景色が変わるかっていうとそうでもないですが、

頭の中が大爆発しますね。自分の中に飼ってる子供が大暴れというか。

 

それ以外は、見える景色が変わったような気がしますね。

 

それぞれ何が良かったかっていうと、

「まあとりあえず観てよ、面白いから」

としか言えないんですが(もう少し言える気はしますが長くなるので割愛)

 

アニメも似たような価値観で評価しています。

 

子供のころに観たサイボーグ009は見える景色がひっくり返りました。

 

最近ですとなんでしょう。

四畳半神話体系とか、

東のエデンとか

フリクリ(これは昔か)とかがストライクです。

 

頭空っぽにして観るものだと

 

コードギアスとか

デュラララ!が好きです。

 

こうして見ると、僕が好きな映像ってだいたい2パターンですね。

 

パターン1:ダイナミックなアクションや展開で目が離せない系と、

パターン2:観終わった後で何かしら心にその爪跡が残る系。

 

2つのうちどっちが好きかというとまた悩みますが、

後者かもしれないです。

 

でも最近パターン2のような映画を観てないんですね。

 

どうも周りから聞くにインターステラーがそうっぽかったんですが、

全力で見逃しました。ごめんなさい。

 

 

今やってるタートルズは典型的なパターン1で、観ようかなと思ったんですが、

トランスフォーマーロストエイジを反芻しときゃいいかと思って、スルー中。

 

そこで今週土曜から公開されるのが。

 

 

「アメリカン・スナイパー」

 


映画『アメリカン・スナイパー』予告編 - YouTube

 

すでに世界中で物議が噴出しておりますが、

これは来るんじゃないでしょうかかなり。

 

楽しみです。

 

トイカメラで写真撮りにいきついでに観てきます。

 

 

それでは。